ひとこまの向こう側にて。

ひとこま絵日記を描いているアシダのブログ

母が一番輝く日。

ピアノの発表会

私の母親は自宅でピアノ教室をやっていて講師を務めている。

先日、その発表会が開催された。

発表会は2年に1回のイベントで、会場アナウンスや舞台裏への生徒の誘導、荷物の運搬など、毎回家族総出で裏方スタッフとして発表会の進行をフォローする。

この日は、我が母が一番輝いている時。

生徒一人一人が鍵盤に対してどの位置に座るのか、椅子の高さはどれくらいか、そういった細かいことが母の頭の中に全てインプットされていて、小さい生徒さんの出番前には母がステージに出て椅子の高さを調節したりする。

生徒さんは一人2〜3曲弾くのが一般的で、楽譜も全て暗譜。
「これまでの発表会で、本番では譜面台を立てたことが一度も無い」というのが母の自慢だった。本当に凄い。

不真面目な生徒だった私


母は元々保育士をしていて、子どもを3人産んでからは幼稚園で勤務することが難しくなり、自宅でピアノ教室を開くようになった。
教室を開いたばかりの当初、まだ私が産まれたばかりで、母は私を背中におんぶしながらレッスンの指導をしていたらしい。

私も幼稚園から中学1年生くらいまで母の教室で習っていたが、小学校4年生からバスケを習うようになってからは練習や試合で毎日クタクタだった。更に突き指もしまくっていたので、とてもピアノを弾けるようなコンディションではなかった。

それに、実の母親に教えてもらうのは、指導というよりただ怒られている気がして正直ピアノのレッスンは面白いものではなかった。家でも譜面台に楽譜だけ置いて、あたかも練習していたかように見せかけて実は鍵盤すら触っていないという、小芝居を仕込んでくるようなポンコツ生徒だった。


当然、レッスン日には私がポンコツみたいな演奏をするので瞬時にバレるのだが。

こんな風に練習もろくにしない不真面目で反抗期な生徒だったので、母もさぞイライラしていたに違いない。

生徒が減っていく寂しさ

私はもう31歳。社会人になってから、毎回母親のピアノ教室の発表会を裏方スタッフとして手伝ってきたが、昔よりも随分と生徒さんの数が減ったように思う。
以前は、幼稚園の部、小学校の部、中学・高校の部と、集合写真の回数を何回かに分けないとカメラのフレームに入らないほど生徒さんが沢山いた。

それが今は20人弱、一回で集合写真が撮れてしまうほどに減ってしまったのが少し寂しい。
20人でも十分にすごいんだか。

来年の2018年で創立30周年!

発表会終盤、母親から会場への挨拶でビックリしたのが、なんと来年でピアノ教室が創立30周年になるということ。

「みなさん次回の発表会を目指して、また一緒にレッスン頑張っていきましょう」と挨拶する母を見ていると、思わず涙が出てきてしまった。そう公言することで、母なりに自分への戒めにしていることは私にでも分かる。

発表会が終わった後、裏方スタッフで打ち上げをした時、母は「2年後はできるかどうか分からない。今年で最後かもしれない」と力無く言うが、「それ毎回言ってるし、2年前も4年前も同じこと言ってたし!」と周囲から突っ込まれて笑いが起こる。

母は今年で63歳。未だよく働く。

実はピアノ教室の講師をしながらも、昼間は保育園にパートで働きに行っているくらい私の母はタフなのである。


次回の発表会は何か面白いことをしよう!

来年でピアノ教室が創立30周年になるため、2年に1回開催される発表会は31周年の時でちょっとキレが悪い。それでも、「せっかくだし、2年後の発表会はいつもと違ったことしてみたいね!」と裏方スタッフ同士お酒の席で盛り上がった。




私も、自分にできることで母の発表会に協力したいと思う。


今回は、生徒さんのリハーサル中のオフショットを生徒さん達にウザがられるくらい撮影(合計300枚くらい)したので、そのフォトギャラリーサイトを作らせてもらうことになった。




写真を売ってお金をもらう気はない。
それは、ピアノもろくに練習せず、教室の後を継ぐ気なんて微塵も無い親不孝娘からの、せめてもの親孝行だと思っている。



今の生徒さん達が2年後どうなっているのか、どんな魅力的な女性、男性になって演奏を聴かせてくれるのか、私も今から楽しみでニヤニヤしながらフォトギャラリーサイトを作っている。きっと2年後も、母は輝いているに違いない。




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